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Nakamura Yuki BLOG

油画作家 中村友紀の展示、制作、趣味の話。日々思うことなど。

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セラフィーヌ

先日、映画「セラフィーヌの庭」を見てきました。

19世紀から20世紀にかけてフランスに実在した女性画家セラフィーヌ・ルイの生涯を描いた伝記映画です。


ストーリーとしては

1912年、パリ郊外のサンリスで貧しく孤独なセラフィーヌは、草木との対話や絵を描くことを心のよりどころにひっそりと暮らしていた。
そんなある日、セラフィーヌはピカソをいち早く見出したドイツ人画商のウーデと出会い、援助を受けて個展を開くことを夢見るようになる。
しかし第1次世界大戦が始まると、ウーデは敵国の人間となってしまう。。

こんな感じです。

seraphine.jpg
          セラフィーヌとウーデ




1900初頭のフランスという舞台背景のせいか、映像が絵画のようで美しかったです。

室内のシーンはハンマースホイみたいで。
日の当たるキッチンで台所仕事するセラフィーヌがいる風景は、フェルメールとかの時代の絵画みたいで。

   



内容としては、
どのシーンも目をそむけられない と思った。

セラフィーヌの孤独
自然を愛する気持ち
絵画にかける情熱
卑屈さ
成功

特にセラフィーヌが画商のウーデに才能を買われて一躍成功したのちに
様子がおかしくなっていくところが気になった。




今までの慎ましい生活からは一変。

高価なドレスや城を買おうとしたり、
ウーデというパトロンのもとで浪費するようになっていくセラフィーヌ。

しかしそのうちに、大恐慌で絵は売れなくなり、個展も延期になってしまう。
事態が飲み込めずにいるセラフィーヌは、ウーデへの不信ばかりをつのらせて精神を病んでいく。

セラフィーヌは世迷い言をつぶやき、奇行に奇行を重ね、
とうとう最後は精神病院へ強制入院。

現実世界が見えなくなったセラフィーヌは、精神病院のベットに縛り付けられ(暴れるから)
泣き叫んでいた。
もうウーデのこともわからない。



と具体的にはこんな感じです。







・セラフィーヌの精神の崩壊を見て思う事・



街や電車とかで、現実世界を見ていない目の人にたびたび出会う。
大声で叫んで、取り押さえられていたり、
こちらに危害を加えてきそうになったり。

そういった人達を見ると思わず背筋に冷たい物が走る。

明日は我が身だ といつもいつも思ってしまう。



セラフィーヌのように、街中の人たちのように、
ふいに何かがきっかけで心を失ってしまうことは
別段めずらしいことじゃないんだと思う。

いつどんな時にでも誰にでも起こりうる事。

薄い薄い皮膚で柔らかい肉が覆われている危うさのように、
精神もまた大変に危機に晒されやすいように思う。
人間はたぶんとても壊れやすい。


きっかけはとても小さな事かもしれない。
心を失った人達も、かつては夢を語った事もあるかもしれない。



無駄に感傷的になるのは、好きじゃないけど。
私の心の奥底の一番畏れていることを浮き彫りにされた感じがする。
なんとなく気がひきしまる。

あ、でも 怖かったとかいうより、全体としてはとても面白かったです。
セラフィーヌがいつも歌を歌ってるとことか好きでした。






映画カテゴリが、フリーダにつづいてセラフィーヌと美術関係が続きましたが、
普通のも見てます。

こないだ「悪人」も見たし。

話題沸騰中だから、あえて私が言及する必要もないかも。
とかは思うけど。

一個だけ言うなら
全体的に人物の皮膚のリアルな感じが好きでした。


いわゆる銀幕の世界ではなくて、
温度が感じられるような皮膚、毛穴。

その皮膚描写が、物語がすぐそばの出来事のように思えて
良かったです。

やっぱリアリティーだな~。


10月になったら「スープオペラ」見たいなー

タイトル良いですよね。
「ピストルオペラ」も好きだったけど。



では。
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| 映画 | 20:35 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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フリーダ

お世話になっている方が教鞭をとっている某大学の美術の講義に出席して、メキシコの女性画家、フリーダ・カーロの映画を観てきました。


舞台はメキシコ。フリーダは、18歳の時にバス事故に遭い、全身に瀕死の重傷を追った。
結婚した画家ディエゴ・リベラの女性関係に悩まされつつも、フリーダ自身も男女分け隔てなく奔放に恋愛遍歴を重ね(イサム・ノグチ、トロツキーとの不倫など)、流産、離婚、片足切断、再婚・・・
映画で見るとより悲哀に満ちた人生のように思えた。

事故後、フリーダは全身ギブス状態で「痛みがない体なんてどんなものか忘れたわ」と言っていた。尋常ではとても分からない感覚なのだろう。
リベラとの子を流産したときの悲しみも、痛ましい絵で表現していた。
夫のリベラが浮気を繰り返し、とうとうフリーダの実妹にまで手を出したときも、
フリーダは家を出て、髪を切り、自分のその姿を絵に残している。

kahlo[2]11
流産後の作品
「ヘンリー・フォード病院」1932


人は誰しも、痛みを感じながら生きている。
私も、フリーダのように自身の痛みや葛藤を絵に吸収させて消化させている。

自分にとって、個人的なことを作品にして発表するのは エゴイスティックで罪なことだと思っていた。
でも、フリーダの作品が多くの人の心を打つように、個人的なことは普遍の人間の痛みに通じているように思える。



フリーダの夫、リベラは劇中で「絵描きなら、描かねば死ぬ」と言った。
私は、物心ついた時から絵を描いていない時がない。(よく迷ってはいるけど)
私も描かなければ死ぬのかもしれない。
というより、フリーダのように真っすぐに自分に嘘をつかずに表現出来なければ死んでいるも同然かもしれない。
フリーダのように個人的なモチーフを描くことは怖いけれど。

映画を観てフリーダのビビットな人生を思うと胸がいっぱいになった。

kahlo_tehuana[1]2

1940のリベラとの復縁以後に描かれたもの。フリーダの額にいるリベラが二人の絆の深さを感じさせる。
「テワナ衣装の自画像」1943




音楽、美術、演出、キャスト、どれをとってもあきさせない工夫満載のとても良い映画だと思いました。おすすめです。
映画「フリーダ」公式ページ http://frida.asmik-ace.co.jp/index.html

| 映画 | 06:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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